タイは、新たなプリント配線板の製造拠点として位置付けされ、以前から日系企業では、フジクラ、日本メクトロン、キョウデン、日本CMKなどが進出していた。最近になって台湾や中国のプリント配線板メーカーが相次いて進出を決定し、既に工場建設に入っており、2025年には本格生産に入る予定となっている。
このような状況の中で、タイ・バンコクで初めてのプリント配線板や実装関係の展示会が開催されたので、その取材レポートをお届けする。
タイ電子回路協会(THPCA)が香港線路板協会(HKPCA)と連携し、2024年7月24日~26日までの3日間、バンコク国際貿易展示場(BITEC)で、プリント配線板および実装関係の生産とソリューションを披露する展示会「Thailand Electronics Circuit Asia(THECA)」を開催した。同展示会は、タイが電子回路基板生産における世界的な主要拠点としての役割を担っていることをアピールするのが目的で、タイでこの産業分野の大型展示会が開催されるのは初めてである。
スワンナプーム国際空港(成田国際空港の3倍の広さ)からARLシティラインに乗車してパヤタイ(Phaya Thai)駅で下車して高架鉄道のBTSスクンビット線に乗り換えてバンナー(Bang Na)駅に行けばバンコク国際貿易展示場 (BITEC)は目の前で、BTSバンナー駅からスカイウォークを歩くとBITECの2階に5分程度で到着する。BTSバンナー駅と直結するなどアクセスの良い展示会場である。
バンコク国際貿易展示場(BITEC)
もともとBITECは、1997年にEH101~104の20,000㎡で開業し、6年後の2003年に別館としてEH105が、さらに2年後の2005年にEH106が建てられた。2014年にはユニークなテント状のEH107が竣工し、ここまでがフェーズ1の事業となっている。
その後、2016年にフェーズ2として、バンナー駅側に3つの展示ホールEH98~100が開業した。そのため、変則的な名称になっているが、合わせて10の展示ホールで構成されている。
フードコートも設置されており、タイレストランのみならず日本風のカレーライスの専門店もあり、その場で肉を温めるため美味しいカレーライスであった。
フードコート
第1回のプリント配線板関係の展示会はタイ電子回路協会(THPCA)が香港線路板協会(HKPCA)と連携して初めてタイで開催され、開催初日の7月24日(水)は10時から展示会場EH101内でオープニングセレモニーが行われた。日本からも日本電子回路工業会から小林会長が出席した。
オープニングセレモニー
EH101の前に受付があり、QRコードを読み込むとバッジが発行されて内部に入ることができる。入口前に会場案内図と出展者リストの大きな看板が立てかけられており、そのリストによると182社の参加数となっていた。展示者リストの小冊子は用意されていなかった。
では、会場風景を写真でもって紹介しよう。
タイで最初にプリント配線板メーカーとして設立され、国内で存在感を現わしている企業である。タイは自動車産業も盛んなため、自動車向けの車載基板なども生産している。
中国のASKPCBのタイ工場で、会社名はSundellとなっている。通信ネットワーク用の6層プリント配線板には低誘電率材料が使用されており、高Tgエポキシ銅張板とのハイブリッド構成であった。
ワーキングサイズのプリント配線板が展示され、カット前のため大判サイズで目を引いた。
通信関係の3-26-3の32層ビルドアップ多層プリント配線板や電源用12層多層プリント配線板などが展示され、ビデオで自社の技術ロードマップが紹介されていた。
ネットワークスイッチ用プリント配線は16層、18層、32層などが使用され、スタブを除去するためにバックドリルを適用したプリント配線板が展示されていた。パネルサイズも620mm x 710mmの大判サイズの生産が可能な会社である。
AIサーバーの種類によって10層から22層まで用意して対応しており、バックドリル加工も実施している。高速なインターフェース技術(PCIeチップ、Retimerチップ、NVSwitchなど)の開発により、CPUとGPU間、およびGPU間の相互作用能力が大幅に向上しており、その対応が求められている。
AIサーバーの速度向上は市場の成長と技術の進化に支えられており、今後もさらなる発展が見込まれている。
Welgao Electronicsは中国のプリント配線板企業で2023年に深圳証券取引所に上場をしており、厚銅基板、Mini LED用基板などのプリント配線板を製造している。
Sihui Fuji Electronics Technologyの子会社としてタイにFirst Quality Circuitが2024年6月に設立された会社である。
プリント配線板関連装置として実際に基板をつかんで動作しているところを見せる例もあり、装置はないものの過去に納入した積層プレスの写真を全面に表示しているのも壮観であった。
香港の銅張積層板メーカーで今や生産規模ではトップに君臨している。電源基板などでCEM-1を使用した片面基板の表に赤字で”KB”のマークはKing Boardの銅張積層板を意味する。
フジクラ、太陽インキ、日本メクトロン、花王などの日系企業も数社が展示していた。
以上が展示会の会場のスナップショットである。プリント配線板メーカーによっては各社の技術ロードマップや工程能力などを示すパネル展示もあったが、多くが撮影禁止扱いとなっていた。
タイでプリント配線板関係の展示会が開催され、世界のプリント配線板生産の約9割を「台湾」「中国」「日本」「韓国」の4カ国で占めるなか、新たにタイが加わることになった。そこで少し、タイの産業政策などとともに自動車産業、電子機器産業についての概要を紹介する。
タイ政府が2015年に長期的な経済社会のビジョンおよび経済開発計画として「タイランド4.0」を発表した。これまでタイランド1.0から始まって図1のような経路を辿ってきている。
図1 タイランド1.0~タイランド4.0までの経過
このビジョンは、先進技術やデジタル技術を活用して産業構造を高度化し、持続的な付加価値を創造できる経済社会を実現することを目指す新たな取り組みである。
「タイランド4.0」の育成産業は表1に示すように10分野に分かれる:
表1 タイランド 4.0の10分野の育成
No | 分野 | |
1 | 次世代自動車 | Next Generation Automotive |
2 | スマート・エレクトロニクス | Smart Electronics |
3 | 富裕・医療・健康ツーリズム | Affluence, Medical & Welfare Tourism |
4 | 農業・バイオテクノロジー | Agriculture and Biotechnology |
5 | 未来食品 | Food for the Future |
6 | ロボット産業 | Robotics |
7 | 航空・ロジスティック | Aviation and Logistics) |
8 | バイオ燃料とバイオ化学 | Biofuels and Biochemical |
9 | デジタル産業 | Digital |
10 | 医療ハブ | Medical Hub |
タイランド4.0は、即効的な施策ではなく、20年をかけた長期ビジョンであり、「20 カ年国家戦略」(2017~2036年)のもと開発が進められている。
2036年までに高所得国入りを目指している施策である。タイ政府はこれらの産業を育成し、国際競争力を高めるための計画を進めている。
タイ政府は、イノベーション主導経済への転換を目指しており、その実現に向けた地域別開発計画の中で、自動車と電子・電気をターゲット産業の一つとしており、同産業への投資、先端技術、イノベーションの促進に力を入れている。2)
タイの自動車産業と電子機器産業は、長年にわたって成長しており、多くの主要企業がこの分野で活躍している。次にタイの自動車産業と電子機器産業について紹介する。
タイの自動車産業は、トヨタが1957年に進出し、以降、三菱自動車、いすゞ、日産、ホンダ、スズキなどが進出して現地生産を開始した。日系企業以外では、米国のフォード、ドイツのメルセデスベンツ、スウェーデンのボルボ、インドのタタ・モーターズ、中国の上海汽車、BYDなどの進出もあり、主要な自動車企業によってタイの自動車産業を牽引している。特にBYDは自動車の生産工場をタイに新設して完成したばかりである。これから電気自動車でタイ市場に攻め込む意気込みで、日系自動車メーカーを脅かす状態になりつつある。
実際、日本の自動車企業は、2011年の壊滅的な洪水からの回復に苦しんでいたタイの経済に対して大きな信頼を寄せていた数少ない進出企業の一つであった。その結果、年間約200万台をタイで生産する中で、トヨタは2022年に市場シェア34%を占める最も人気のある自動車ブランドとなり、市場を牽引した。タイの幹線道路を走ってみると日本製の車のオンパレードで、やはりトヨタ車が群を抜いていた。
タイでの自動車生産台数の推移をみると図2のようになり、現状は約200万台の生産規模である。当然ながら自動車用部品が必要で、車載用プリント配線板もその一つである。
今後、自動車産業の発展とともにタイでの車載用プリント配線板の需要が高まると予想される。
図2 タイでの自動車生産台数
タイは電子機器の生産においても強固なプレゼンスを有し、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、電子レンジ、食器洗い機などの家電製品(表2)から部品であるハードディスクドライブ(HDD)まで幅広く生産されている。1980年代後半頃から急激な円高の影響を受けて、安価な労働力を求めてシャープや東芝が、1990年代に三菱電機が、それぞれタイに進出して家電の生産を開始した。
HDDは、かつては富士通、日立、IBMなどがタイで生産しており、タイが世界的なHDDの製造拠点として知られるようになった。その後、統合が進み現在はウエスタンデジタルがHDD市場ではトップの位置を維持している。
タイ政府は外国企業を誘致するために税制優遇措置やインフラ整備などを提供し、多くのHDDメーカーがタイに進出した背景がある。
タイは部品の生産に強みがあり、多くの中小企業が部品生産(川中)に力を入れ、国内での販売や輸出を行う大企業の生産を支えている。
表2 タイの家電メーカーの主要製品
会社名 | 国 | 主要製品 |
Sharp Appliances (Thailand)Co., Ltd | 日本 | 洗濯機、冷蔵庫、エアコン、電子レンジ、空気清浄機 |
Thai Toshiba Electric Industries Co Ltd | 冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、電気ポット、グリル鍋、空気清浄機 | |
Mitsubishi Electric Consumer Products (Thailand) Co., Ltd | 冷蔵庫、エアコン | |
Thai Samsung Electronics Co., Ltd | 韓国 | 洗濯機、冷蔵庫、エアコン、電子レンジ |
LG Electronics(Thailand)Co., Ltd | 洗濯機、エアコン、電子レンジ、コンプレッサー | |
Kand Yong Electric Pub Co., Ltd | 台湾 | 洗濯機、冷蔵庫、エアコン、扇風機 |
Haier Electric (Thailand) Pub Co., Ltd | 中国 | 洗濯機、冷蔵庫、冷凍庫、エアコン |
Electrolux Thailand Co., Ltd | スウェーデン | 洗濯機、冷蔵庫、食器洗い機、乾燥機 |
Fisher & Paykel Appliances(Thailand) Co., Ltd | ニュージーランド | 洗濯機、冷蔵庫、食器洗い機、乾燥機 |
Beko Thai Co., Ltd | トルコ | 洗濯機、冷蔵庫 |
自動車や電子機器を生産する上でプリント配線板は重要な位置付けにある。タイ政府は電子機器産業を重点的に支援しており、プリント配線板業界もその一環で、投資促進策や税制優遇措置を通じて、国内外の企業に投資を促している状態である。
タイは電子機器の製造拠点として急速に成長しており、特に自動車産業や家電製品の生産において需要が高まっている。そのような関係でプリント配線板の需要も増加している。
また、プリント配線業界は環境への配慮を強化しており、省エネルギー技術や廃棄物管理の改善など持続可能な製造プロセスへの取り組みを進めつつ、高付加価値のプリント配線板を開発しており、国際競争力を高めている。
タイでの自動車と電子機器の生産が開始され、車載や電子機器に使用されるプリント配線板が増加するなか、タイでプリント配線板企業が設立されたのは、1982年でタイのKCE Electronicsが最初である。その後、日系企業ではフジクラがFPCの生産で1984年に進出し、1993年に日本メクトロン、1996年にキョウデン、2006年に日本CMKがそれぞれ進出して現地生産を開始している。
その後の他国を含めた進出企業を年代順にみてみると表3のようになり、日本、中国、マレーシア、台湾などが進出をしている。特に2022年から2023年に台湾や中国の進出が急増している。今後もタイがプリント配線板の製造拠点として発展していくと予想される。
表3 タイへ進出したプリント配線板企業
年 度 | 国 | 企業名 | |
1982年 | タイ | KCE Electronicsを設立 | |
1984年 | 日本 | Fujikura (Thailand) Ltd.を設立 | |
1987年 | 中国 | 伊利安達(Elec & Eltek) を設立 | |
1989年 | 台湾 | 敬鵬(Chin Poon Industrial Co., Ltd. )がDRACO P.C.B Co., Ltd.を設立 | |
1990年 | タイ | Circuit Industriesを設立 | |
1993年 | 日本 | Mektec Manufacturing Corporation Thailandを設立 | |
1996年 | Kyoden (Thailand)Co., Ltd.を設立 | ||
1999年 | マレーシア | Amallion Enterprise (Thailand) Corp Ltdを設立 | |
2001年 | 台湾 | 泰鼎 [Apex Circuit (Thailand) Co., Ltd.]を設立 | |
2006年 | 日本 | CMK Corporation Thailand Co., Ltd.を設立 | |
2010年 | 台湾 | 競国集団[APCB (Thailand)]を設立 | |
2022年 | 中国 | 中富電路(SZ Jove Enterprise) | |
中京電子(China Eagle Electronic Technology lnc. )がZhongjing Electronicsを設立 | |||
奥士康(ASK PCB)がSUNDELL Technology Co., Ltd.を設立 | |||
威尔高(Welgao)を設立 | |||
2023年 | 台湾 | 臻鼎科技集團(ZD Technology) | タイへの進出を決定し 企業によっては工場建設のための土地を 確保した所もあり、 2025年~2026年に量産が開始される予定 |
欣興電子(Unimicron) | |||
華通電脳(Compeq Manufacturing Co., Ltd.) | |||
金像電子(Gold Circuit Electronics Ltd) | |||
燿華電子(Unitec PCB) | |||
中国 | 四会富仕電子科技(Shihui Fushi) | ||
澳弘(Aohong Electronics) | |||
2024年 | タイ | First Quality Circuitを設立 | Sihui Fuji Electronics Technologyの子会社 |
タイのプリント配線板市場は図3のように右肩上がりに推移しており、年々増加傾向にある。台湾や中国のプリント配線板メーカーの進出によってタイでのプリント配線板の生産金額は更に増加することが予想される。
図3 タイのプリント配線板市場推移(*印は予測)(ITRI)
タイに多くの企業が進出し、新たに新設した工場が稼働しつつある。問題は工場の現場を動かす人材確保が大きな課題となっている。
以上、タイで開催された第1回Thailand Electronics Circuit Asiaの展示会の見学レポートとしての報告である。
1.BITEC https://piripiri.bigbeat.co.jp/blog/bitec
2.青木正光, ”台湾のプリント配線板展覧会<TPCA Show見学記(5)>” プリント回路ジャーナル 2024-06-05