1. はじめに
先月は、主にエンジン関係を話題にしたが、JAXA航空技術部門では航空に関する様々な研究が行われているので、読者の皆様に興味を持って頂けそうな話題を取り上げる。
2. 航空の安全性
1.航空機と気象
航空機の運航は気象に大きな影響を受ける。
特に日本の空は、雪や雷など世界的に見ても厳しい環境であるといえる。
JAXAでは、これらの気象に対して航空機の安全性を効率的に維持することに関する研究を行っている。
図1は、飛行中に気象が関係する影響について示したもので、滑走路の雪氷検知、エンジン防除氷や、砂や、火山灰などに対する防御技術からなる「気象影響防御技術」の研究開発を行っている。
図1 航空機の離着陸の伴う危険の数々 (図はJAXA提供による。筆者が一部加工した)
2.滑走路雪氷検知技術
滑走路に積雪があると、航空機が安全に離着陸可能か、除雪すべきか、素早く判断することが重要である。
これらの判断をするため、図2のような積雪の程度、雪氷の種類などを検出するセンサを開発している。
図2 滑走路の雪氷モニタリングセンサー (図はJAXA提供)
3.被雷対策
航空機への被雷をすべて防ぐことは困難なため、被雷による機体の損傷をより少なくすることが重要な課題であり、特殊な構造・材料により損傷をより少なくするとともに、避雷箇所をコントロールするなどの研究を行っている。
図3に、被雷対策を示す。
図3 航空機への被雷対策 (図はJAXA提供による。筆者が一部加工した)
4.晴天乱気流検知装置
筆者はアメリカのロッキー山脈上空で乱気流に巻き込まれ、突然機体がフワーッと落ちて、卓上のコーヒーが飛び上がり、大勢のお客が「キャー」と叫んだ経験がある。
客室乗務員や乗客が怪我をする事故の50%は、突然の乱気流に突っ込んだのが原因である。
雲があれば乱気流はある程度予測できて、機長からシートベルト着用の指示が出るが、晴天なのに突然乱気流が発生している場合がある。
そこでJAXAは晴天乱気流を検出するシステムを開発した。
この原理は、航空機からレーザー光を照射して、はるか前方の大気中に浮遊するエアロゾル(1μm以下の微少な水滴や塵など)からの散乱光を受信し、ドップラー効果による光の波長変化を調べることにより乱気流を検知するものである。
JAXAのデータでは、平均で約17.5㎞先の乱気流を検出することに成功した。
JAXAが目標としていたのは14km先の乱気流の検知であり、これは時間にすると約70秒となり、シートベルト着用サインを出すなどの対応が取れるようになる。
10㎞以上も先の微少な水滴からの反射光と言えば、筆者には想像を絶する微少信号と思えるが、技術者の執念で実現したそうである。
図4 晴天乱流検知装置を積んだ航空機 (図はJAXA提供による。筆者が一部加工した)
5.エンジン防除氷技術、砂塵防御技術
ターボファンエンジンのファンに氷が付着すると、推力が低下し、剥がれた氷がエンジン内部に損傷を与える可能性があるので、氷が付きにくい翼設計や防除氷ヒーティング技術を開発している。
またエンジンに砂塵(火山灰や砂など)が入り込むと、ファンやタービンを傷め、エンジン推力が低下する恐れがあるため、この対策の技術開発に取り組んでいる。
3. 着陸時の機体騒音の低減
航空機の離着陸に伴う騒音は、空港周辺の環境に影響を与え、この軽減は極めて重要である。
JAXAでは、特に着陸時の機体騒音低減技術に関する研究開発を行い、飛行試験によりその効果を確かめた。
図5は、実際の飛行試験の際に測定した騒音を可視化した図で、フラップや主脚などの低騒音化の効果がわかる。
図5 音源計測結果<音源マップ>の比較(図はJAXA提供による。筆者が一部加工した)
4. 災害対策
災害時においては、発災後72時間以内の救援活動が何より求められるが、陸上の交通網の機能が低下している場合が多く、航空・宇宙機器の有効活用が重要となる。
JAXAでは、特にヘリコプターによる効率的かつ安全な救援活動を支援する「災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)を行っている。
大規模災害発生時には、無線、電話やFAXなどを使って情報が伝達され、その情報は紙の地図やホワイトボードなどを使って共有されていた。
D-NETでは、これらをデータとして通信することにで効率的な情報伝達・共有化を可能にし、航空機による救援活動をより効果的に行うための技術・規格・システムを開発した。
本システムは平成29年7月九州北部豪雨等の実災害でも活用されている。
図6は、JAXAが開発した災害時の情報共有システムである。
図6 JAXAが開発した災害情報入力画面 (図はJAXA提供)
5. 超音速旅客機の開発
超音速旅客機は、コンコルドがなくなって下火になったが、将来再び実用化すべく、世界中で開発が進められている。
超音速旅客機の大きな問題点は、超音速飛行時のソックブームと呼ばれる爆音である。
JAXAでは、その低減技術を開発し、それを適応した試験機による飛行試験が2015年7月にスウェーデン・エスレンジ実験場で行われた。
地上付近の大気乱流がソニックブーム波形に与える影響を避けるために、図7のように、小型気球を用いて、マイクを空中に係留し、高度方向のソニックブーム波形の変化を計測した。
図7 超音速のソニックブーム調査の方法 (図はJAXA提供による。筆者が一部加工した)
図8は、ソニックブームを低減するように設計された試験機で、機体の寸法諸元は、全長7.913m、主翼幅3.510m、主翼面積4.891m2、全備重量は1,000kg、方向舵及び水平尾翼が飛行制御に用いられる。
図8 超音速試験機 (図はJAXA提供)
気球から分離後は、自律的にソニックブーム計測システムのマイク上空を滑空するようにコンピュータが制御する。
高度約30kmからの自由落下によりマッハ1.39、経路角47.5度で滑空させ、発生したソニックブームを、空中のマイクで計測した。
図9は計測結果で、ソニックブームの低減効果が確認された。
図9 ソニックブームの計測値 (図はJAXA提供による。筆者が一部加工した)
6. ドローン運航管理システム
測量や災害地の上空からの撮影、農薬散布に続いて、物資の輸送、橋やトンネルなどのインフラ点検と、ドローンが身近なものとなりつつあり、個人の生活、産業、経済、社会に大きな変革をもたらすものと期待されている。
しかし、無人機が我々の頭上を飛び回るには、絶対的な安全対策が重要である。
現在は、操縦者の目視範囲なら許可されており、更に無人地帯なら目視外でも許可されている。
しかし、ドローンの機能を十分に活用するためには、図10のようにどんな場所へでも無人で飛行する必要がある。
ドローンが建造物や電線に触れたり、ドローン同士が衝突するなどが起ってはならない。
JAXAでは、このための「運航管理システム」の検討を行っている。
平成29年度にスタートした経済産業省/新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「ロボット・ドローンが活躍する省エネルギー社会の実現プロジェクト」に参画し、他の研究機関及び民間企業と共に、運航管理システムの開発に取り組んでいる。
図10 ドローンの主な用途 (図はJAXA提供による。筆者が一部加工した)
7. コンパウンド・ヘリコプターの開発
JAXAでは前進飛行時に一部の揚力/推進力を固定翼/プロペラに分担させる、図11のようなコンパウンド・ヘリコプターを開発している。
ヘリコプターの固定翼の他に推進プロペラを加えた新しい形態で、ヘリコプターのようなホバリング性能を維持しつつ、最大飛行速度の大幅な向上(約2倍)が期待できるものである、現在、飛行可能なスケールモデルを使って実験を行い、数値流体力学ツールを使って、ロータと主翼の干渉を確認する検討も行っている。
昨年7月には、スケールモデルの風洞試験を行った。
図11 コンパウンド・ヘリコプター (図はJAXA提供)
8. まとめ
2ヶ月にわたってJAXA航空技術部門の紹介を行った。
ジェットエンジン、電動航空機、超音速旅客機、コンパウンド・ヘリコプターなどの研究開発や、航空の安全性や快適性、騒音対策、災害時の対処など多くの研究が行われており、これまでも多くの成果が得られているが、今後もさらなる進歩を期待したい。