シライ電子工業は創業56年となり、中期経営ビジョンと経営方針が一新された。私の使命は、未来の成長に向けて、独自性のある自社商品を開花させ、新たなビジネス領域を拓くことである。
これまで様々な種を蒔いて、透明フレキシブル基板「SPET」の種から芽がではじめた。SPETの種は、多くの方々と出会い、イノベーションに共感を得て、協力をして頂けたおかげで成長し、芽となったことに大変感謝している。これから芽が開花し、SPETを中心とした新たなビジネス領域を拓いて、ステークホルダーの期待に応えていきたいと切に願っている。この事業に真摯に取り組んでいき、文字通り透明な事業として開花し、さらに多くの方々と出会っていければと考える。
(透明フレキシブル基板「SPET」:Super-Polyethylene-Terephthalate)
入社当初、京都にある大手ゲームメーカーのゲーム機のプロジェクトに参画し、ゲーム機の開発に携わった。1983年発売のゲーム本体は8bit機の両面基板であったが、16bitになるとVCCI(Voluntary Control Council for Interference by Information Technology Equipment)やFCCI(Federal Communication Commission)のEMC(ElectroMagnetic Compatibility)及びEMI(ElectroMagnetic Interference)のノイズ規制に適合する製品を世の中に送り出すことが両面基板では難しくなっていた。
ノイズ規制に適合する低価格な基板が必要となり、両面板の片面に銅シールド層を設ける3層基板のGPM(Ground Plate Method)を開発し、16bit機に採用された。開発してからGPMは、年間100億円以上売り上げる大ヒット商品となった。今から考えるとGPMを開発したことがきっかけで、基板の開発も手掛けることとなり今に至っていると考える。16bit機発売からも開発は止まることはなく、寝る間も惜しみながら32bit用多層基板の開発、64bitの高速伝送基板設計技術を用いた両面基板の開発をおこなった。
しかし、これらゲーム機の好調は永遠に続くものでは無く、ゲーム機の切り替え時期は会社の売上が低迷した。上下する売上に対して、会社が対応できずゲーム機からの撤退が決まり、私も某大学の先端科学研究所に異動することとなった。ここで先端科学を用いた将来のビジネスの種を考えながら、すぐにビジネスができる銅ピン挿入基板(他社では銅インレイ基板と呼ぶ)も開発し、回路基板として特許を出願し、その後権利化した。
これまで手掛けた基板を多く市場に展開をしてきたが、基板は筐体内に入ることが多いこともあり、認知度が低く、社会に基板やシライ電子工業があることを知って頂けないことをやるせなく感じていた。「我々は何を製造している会社なのか」を世の中の人に知って頂ける製品を造りたいと考え、辿り着いたのが透明フレキシブル基板であった。筐体の中にあった基板を筐体の外に出すことで、人の目に基板が触れることができると考えたためである。
当然のことながら世の中に透明フレキシブル基板はなく、基板業界の流れである基材メーカーから基材を購入、基板メーカーが加工、実装メーカーが実装するフローはなく、透明フレキシブル基板を生み出すために、あらゆることを考える必要があった。透明樹脂は耐熱性が低く、基板に使うことが難しく、頭を抱える日々が続いた。
悩み続けた結果、基本的には使われることがない工法を用いて実現できる可能性と出会い、耐熱性が低いPET(Polyethylene-Terephthalate)を用いながらも部品実装ができる高耐熱性の透明フレキシブル基板「SPET」を世界で初めて市場に展開することとなった。
写真1は東京スカイツリーのシンボルとして日本科学未来館に展示されてスカイツリーの1/300の模型である(出典:AXIS Web Magazine)。白色LEDを実装した透明フレキシブル基板「SPET」を東京スカイツリーの模型に貼りつけて採用された。これがきっかけとなり透明な基板は思惑どおり、人の目につくアミューズメント機器や看板の電飾に採用された。
実は、当時のSPETは透明度が高くなく、配線幅が100μmであり配線が目に見えていた。筐体の外に出た“透明だが透明感が無い透明な基板”への反応は、新たな商品を好まれる方と批判される方で二分された。
基板が人の目に触れるという目的を遂げたが、今度は“透明だが透明感が無い透明な基板”を変えたいと新たな欲がうまれ、今に至るまでサブストレートの透明化と配線を見えなくする取り組みを進めていくこととなる。写真2は、SPETシリーズの「透明アンテナ」である。サブストレートが高透明となり、配線も見えなくなってきている。
進化したSPETは、人の目に触れる場所へとどんどん採用されていくこととなったのだが、結局は透明感が高すぎて、どこに採用されているのかを伝えないと分からないという悲しい現実となった。
弊社の強みの一つは、FCCL(フレキシブル銅張積層板:Flexible Cupper Clad Laminate)の透明樹脂を自社開発していることである。このFCCL用の原材料を開発するために、色々なオリゴマーやモノマーなどの調合をおこなった。当時のオリゴマーやモノマーは、透明な基板として用いるには耐熱性が足りず、透明な基板を開発することが大変難しいことを実感することとなる。
幾度となくオリゴマーやモノマーの調合を繰り返し失敗していたある日、何気なく今までにない調合したFCCLを作製したところ、原型となる透明フレキシブル基板材料ができあがった。写真3は初代SPETで、発表と同時に多くの書籍で取り上げて頂いた。
当時のSPETのスペックは、全光線透過率85.0%、ヘイズ値は6.1%と今から見ると不充分なスペックであった。初代SPETは“びみょうに白く見えたり、びみょうに黄色く見えたり”する透明フレキシシブル基板であったが、発表と同時に大きな量産の受注を頂くこととなる。FCCLの名称も決めていなかったため、この量産を機に“めっちゃすごい樹脂”から「MS-RESIN」と名づけた。
のちに会社への体裁から透明フレキシブル基板材料名称は“めっちゃシライの樹脂”の「MS-RESIN」へ変更した。それからの製品は高い透明性を要求されることとなり、2年後には全光線透過率は90.0%までSPETはブラッシュアップされた。さまざまな失敗を繰り返した結果、透明フレキシブル基板材料「MS-RESIN」をより見直すことができ、透明フレキシブル基板「SPET」は成長しつづける材料と基板になった。
透明なフィルム製品の代表的な各々の特徴は下記のとおりである。
1. ITO…スパッタ法などでフィルムにITOを成膜
2. PEDOT…分散体塗料をフィルムに印刷
3. 金属ナノ…金属ナノインクをフィルムに塗布後に低温焼結
4. 金属箔…フィルムと銅箔をラミネート
SPETは、金属箔をラミネートした透明フレキシブル基板材料「MS-RESIN」を用いて、サブストラクティブ法で加工している。金属箔の不要な部分だけを除去するため、エッチング法とも呼ばれる加工方法である。
サブストラクティブ法の配線の再現幅は一般的には差最小0.1mm程度で、初代の透明フレキシブル基板も配線幅を0.1mmで引き回していた。お客様の要求は日に日に厳しくなり、透明フレキシブル基板で“配線が見えるのであれば透明フレキシブル基板ではない”とよく言われたものであった。
この要求からSPETの加工技術は進み、直近では再現幅が3μm前後となった。配線幅が 4μm以下になると人の目には配線が見えないと言われていた。この見えない加工技術を目指したが、加工再現幅3μmができあがっても配線は見えた。目の能力が優れているのか、加工技術が不足しているのか、これからも加工技術を極めていければと考える。
SPETの代表的な特徴は下記のとおりである。
1. 高い透明性…全光線透過率 90.0%、ヘイズ 1.83%
2. 高い耐熱性…部品実装ができるリフロー耐熱温度 180℃
3. 低い抵抗値…シート抵抗値 1.42mΩ/□
全光線透過率は90.0.%、ヘイズは1.83%である。全光線透過率はSPETのサブストレートの透過率であって、要求によってはSPETの透過率を向上させ、ヘイズ値を下げることも可能である。さらにSPETの要求波長の透過などにも対応している。
透明フレキシブル基板のサブストレートはPETとしている。高い透明性や他のフィルムよりも価格が安いためである。ただPETは耐熱性が低いため、フレキシブル基板として使用するためには、はんだ付けによる部品実装ができない。SPETはこのPETを用いながらもはんだ付け部品実装ができるように耐熱性を高めた。
さらに、基板業界では当たり前である銅箔を用いるため、シート抵抗値は1.42mΩ/□と、競合のITOやPEDOTなどと比較しても低い。これがSPETの代表的な特徴であるが、PET以外のフィルムでFCCL化や加工もおこなっており、フィルム素材に依存しないことも特徴である。
上記のとおり、配線の再現幅が3μmとなり透明性は大幅に向上した。当面、この見えない配線を用いた製品を市場に送り出していくことになる。この先に進むべき透明フレキシブル基板の方向性は、SPETの特徴であるはんだ付けができる耐熱性を向上した製品となる。開発当初とは異なり透明なサブストレートは進化しており、透明ポリイミドや透明ポリアミド、透明ポリエーテルエーテルケトンなど高耐熱かつ高透明なフィルムが市場に展開している。
SPETは低耐熱なPETを用いて耐熱性を高めているのが特徴であるが、リフロー温度は180℃がピークで、はんだについては融点が140℃程度の低温はんだを推奨している。この低温はんだは、生産の省エネ化や原材料のCO2削減で注目されている。
ただ、透明フレキシブル基板の高温実装を要求されるお客様もあるため、PETよりも高耐熱なフィルムを用いた、例えば透明フレキシブル基板「SPI:Super PolyImide」のような基板材料を造り、高耐熱、高透明を要求されるお客様向けに開発を進める可能性がある。
高耐熱の要求以外にもBeyond5G(6G)向けに低誘電率、低損失材料を用いた透明フレキシブル基板の要求がある。この場合、透明フレキシブル基板「SPTFE:PolyTetraFluoroEthylene」のような製品となる。さらに低損失をターゲットにすると銅箔では表面粗度が粗いため、導体形成をスパッタリング法で平滑化し、そのあとにめっきアップをする両輪の開発も進める可能性がある。
これら透明な樹脂、導体の形成に加え、配線幅3μmの導体加工技術を組み合わせることで、今後の市場動向を見ながら新たな透明フレキシブル基板も市場に出せればと考える。
感動は人との出会いから生まれ、支えられ助けられ、人も企業も成長する。これは創業者からの教えである。透明フレキシブル基板の成長は、多くの出会いを大切にして、感謝し感動の心で運を引き寄せてきた結果である。
今回、ヨクスル株式会社の福田代表と出会い、『どんな仕事でも、自分に任せてくれたお客様には今以上の成果をもたらして、お客様の現状や将来を必ず良くする。お客様を良くすることで稼ぎを増やして、自分たちも良くなる。そんな会社を作りたい』という想いに共感し執筆を受けた。
この出会いから我々も成長し、社会もお客様も自分達もヨクできればと考える。このSPETは展示会でも見る機会がないと思われる。ただSPETの成長のため、多くの人と出会いたい。ご興味を頂けた方は、弊社京都オフィスにお越し頂ければ幸いである。これからの皆様方との出会いを楽しみに首を長くして来社をお待ちしている。ぜひ、京都におこしやす!