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2019.05.24

シリーズ さまざまな研究所を巡る(第6回)~鉄道総合技術研究所(その1)~

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

シリーズ さまざまな研究所を巡る(第6回)~鉄道総合技術研究所(その1)~

1. はじめに

 5ヶ月続けて宇宙ロケット、航空機を取り上げたので、次は地上の鉄道の出番である。

 そこで、公益財団法人 鉄道総合技術研究所を取材させていただいた。

 研究所の紹介の前に、日本の鉄道の進化について触れておきたい。

 誰でも知っているようでいて、案外知られていない技術が非常に多く開発され蓄積している。

 日本の鉄道の始まりは、明治5(1872)年、新橋―横浜間であり、それ以来日本全国に鉄道網が貼りめぐらされた。

 第2次大戦後、東京―大阪間を特急が6時間半で走るようになり、戦後の復興に大いに寄与した。

 その時、国鉄総裁になった十河信二氏は、狭軌鉄道の限界を悟り、将来を見て広軌の新幹線の建設を主張し、もはや自動車と航空機の時代であるという周囲の猛反対を押し切って新幹線の建設を推進した。

 新幹線によって、どれほど日本の産業が発達し、生活が豊かになったかを考える時、十河氏の将来を見る目の素晴らしさに感嘆せざるを得ない。

 しかし、当時の列車の世界最高速度であった200㎞/hは、思わぬ問題点が続出した。

 たとえば、図1のように高速でトンネルに入ると、空気圧が急増し車内の気圧も高くなって耳ツンといわれる現象が発生する。

 さらに山陽新幹線以降のスラブ軌道トンネルでは、トンネル出口で空気圧が上昇してドーンという衝撃音が発生する。

 この対策として図1下のような長い鼻で空気圧が急増しない構造が開発され、現在もこのような長い鼻の車両が走っている。

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図1 列車がトンネルに入った時の空気圧の変化と、長い鼻による解決

 

 

2. ブレーキ

 

 鉄道にとって最重要な技術は、動かす動力よりブレーキであろう。

 従来からの機械ブレーキの一つとして、図2や図3のようなブレーキディスクと呼ばれる回転体に対してブレーキライニングを押し付けることによって摩擦力を発生させて止まる方式がある。

 しかし、いろいろな場面で簡単にはブレーキが効かない場合もあり、多くの研究がなされているので、その一端を紹介する。

 

1.新幹線用空圧式フローティングキャリパ

 ブレーキディスクを任意の力で挟み、ブレーキ力を得る装置をキャリパと呼ぶが、新幹線の油圧キャリバと互換性を持ち、空油圧変換装置(増圧シリンダ)を用いないシンプルでメンテナンス性に優れた空圧式フローティングキャリパが開発された。

 本装置では、テコや歯車といった仕組みを用いず大きな力を直接伝えることができる「楕円形ダイヤフラム押付機構」を作動アクチュエータとして用いている。

 ダイヤフラムは空気圧を押し付け力に直接変換できる図2のような単純な機構で、薄くて気密性の高いゴム膜を用いるため製作形状の自由度が大きい。

 そのため、限られたスペースを有効に利用できる楕円形状にすることで、油圧式キャリパと同等の大きさに構成することができた。

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図2 空圧式フローティングキャリバ(図は鉄道総合研究所の提供によるもので、一部を筆者が加工した)

 

2.ブレーキの氷結防止

 ブレーキディスクの摩擦面が氷結すると、ブレーキの効きが悪くなり問題である。

 氷結状態を実験的に再現して効き具合を調査した。

 図3のように、厚さ0.5mmの氷結層を形成し、ブレーキ開始温度を-20℃として低温・氷結状態を模擬した台上ブレーキ試験を行った。

 制動直後はディスクとライニングの間の摩擦係数が極めて低いため、約25秒までの間はトルクが出ない。

 その後、氷雪が破砕されて摩擦面が接触を始め、摩擦熱による温度上昇とともにトルクが回復する。

 氷雪の介在による摩擦面のすべりはブレーキ初速度及び押付力が小さいほど顕著な傾向を示し、ブレーキ性能は、氷雪破砕の促進により上昇する傾向が確認された。

 なお、摩擦係数の低下率は押付力に依存せず、初速度125km/hが約50%、165km/hが約7%であった。

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図3 ブレーキの氷結防止のための試験(図は鉄道総合研究所の提供によるもの)

 

3.空気抵抗ブレーキ

 地震などの緊急時における高速で走行中の新幹線の停止距離を短縮することは非常に重要なので、図4のような空気抵抗を利用した小型のブレーキ装置を研究している。

 試作機を用いた風洞試験により、従来よりも装置の大幅な小型化と、最適配置による編成全体でのブレーキ力向上が可能になり、抵抗板からの渦励振が小さく、走行安定性や地上設備への影響が抑えられている。

 本装置が既存の電気ブレーキやディスクブレーキの高速時におけるブレーキ力を補完することで、車輪・レール間の摩擦力によらず、安定したブレーキ力が得られ地震などの緊急時における高速からの停止距離の短縮を目指している。

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図4 空気抵抗を利用したブレーキ(図は鉄道総合研究所の提供によるもの)

 

4.回生ブレーキ

 走行中の列車は車輪や車軸は回転しているので、その回転を利用して発電するもので、電力が取り出されるだけでなく、ブレーキとしての作用も利用されている。

 ただし、この技術は以前から実用されていて鉄道総研で開発したわけではない。

 筆者の極端な意見であるが、列車が駅を出発してある速度に達しモータへの電力を切ったまま次の駅まで走った場合、線路との摩擦や向かい風の抵抗がなく、回生の効率が100%なら、列車を駆動した時のエネルギーをほとんどすべて回収できて電力ゼロで走行できることになる。

 自動車業界で注目されている電気自動車でも航続距離を伸ばすため必須の技術となっている。

 

 

3. パンダグラフ

 

 現在の電気鉄道は、電気のエネルギーでモータを回し、車輪を回転させている。

 新幹線は交流2.5万V、在来線は交流2万Vもしくは直流1500V、750Vであり、地上を走行する電気鉄道では図5のように上方に張られたトロリー線にパンダグラフが接することにより得ているのはごぞんじの通りである。

 パンダグラフの大きな問題点の一つとしては、200㎞/h以上の高速鉄道では主要な騒音発生源の一つになっていることである。

 このため、新幹線用パンダグラフは空力騒音が発生しにくい形状となっており、さらに16両の長い列車でもパンダグラフはたったの2台となっている。

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図5 トロリー線とすり板(図は鉄道総合研究所の提供によるもの)

 

 

4. トロリー線

 

 トロリー線にはパンタグラフ通過のたび曲げひずみが発生し、列車の速度向上などに伴ってトロリー線が疲労する恐れがある。

 その対策として、トロリー線の断面形状を変更してひずみを低減することを検討した。

 図6に断面を示すように、円に対して金具でつかむための溝を設けたものが一般的であるが、パンダグラフが通る度に曲がりが生じてひずみが発生する。

 下面(摺動面)は、疲労き裂が生じても摩耗で除去されるので破断に至る懸念は小さい。

 ちなみに、パンダグラフが1万回通過して摩耗は0.01mm程度である。

 上面に発生するひずみが問題になり、風洞試験も交えて検討されている。

 現在は同図のような断面形状のトロリー線が用いられている。

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図6 トロリー線の断面(図は鉄道総合研究所の提供によるもの)

 

 

5. モータ効率化

 

 現在広く用いられている誘導モータの効率を向上するための研究開発を行った。

 材料の選定等の基本的な設計手法により高効率化を図ることを検討し、次に磁界解析を行い、回転子導体の表面において、出力に寄与せずに損失を発生させる電流が流れていることを明らかにし、これを低減する新しい回転子構造を考案した。

 そして、高効率誘導電動機を試作し(図7)、性能を評価した結果、その効率は約96%であり、従来機に比べて約3%効率を向上できた。

 走行シミュレーションにより電車で使用した場合の省エネ効果として消費電力量を6~11%削減できることが分かった。

 鉄道総研の開発ではなく、民間の企業の開発であるが、モータを駆動する回路の電力用素子として、シリコンによるIGBT(Insulated Gate Bipolar Transisitor)に替わって、内部抵抗が小さいSiC(炭化ケイ素)によるトランジスタが新幹線に採用され出した。

 SiCは量産が難しくてまだコストが高いが、乗り物と限らず多くの電源回路に使われれば、省エネ効果が大きい。

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図7 誘導モータの改善(図は鉄道総合研究所の提供によるもの)

 

6. 電力

 

 太陽光発電や風力発電をはじめとする自然エネルギー発電を鉄道の運転用電源として活用することが考えられている。

 しかしながら、自然エネルギー発電は気象条件によって発電電力が変動するため、安定に電力を供給可能なシステムが要求される。

 自然エネルギーによる余剰電力が発生した場合や、ブレーキ回生エネルギーなどを蓄電する必要がある。

 また、水素を利用した燃料電池の利用が検討されている。

 

1.蓄電用フライホイール

 エネルギーを蓄える方法として、フライホイール(はずみ車)の回転運動を利用する方法がある。

 軸受の摩擦で回転運動が徐々に減少するのを防ぐため、超電導磁気軸受けによってフライホイールを浮かせれば摩擦がゼロの運動となる。

 既に実証実験が行われており、電車の回生エネルギーの蓄電への応用が検討されている(図8)。

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図8 超電導磁気浮上による蓄電用フライホイール(図は鉄道総合研究所の提供によるもの)

 

2.燃料電池鉄道車両の開発

 エネ・環境負荷低減を目的として、水素を燃料として発電を行う燃料電池を、鉄道車両の電源に適用する研究を行っている。

 すでに2005年度、図9のような走行用電源を想定した燃料電池システムと、高圧水素(350気圧、総量約17.2kg)を貯蔵し、システムへ供給する高圧水素タンクシステムを試作した。

 100kW級固体高分子形燃料電池システムである。

 鉄道車両の電源として利用するためには、始動性、負荷追従性などさまざまな要求があり、低温動作が可能な固体高分子形を採用し、高温部をなくして始動時間を90秒程度と短くした。

 鉄道車両特有の変動負荷に対して、空気量を変化させて負荷に追従させている。

 システム内には4本の高圧容器が搭載されており、一段で10気圧未満に減圧して燃料電池へ供給し、燃料電池内部でさらに1気圧に減圧して使用する。

 エネルギー変換効率は、走行条件によらずほぼ50%程度の高効率になることが分かった。

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図9 試作した燃料電池鉄道車両(図は鉄道総合研究所の提供によるもの)

 

 以上で今月の紹介は終わり、来月には列車の乗り心地の改善、安全運行、リニア新幹線の技術などを紹介する予定である。


 

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

国内唯一の実装技術専門誌!『エレクトロニクス 実装技術』から転載。 最新号、雑誌の詳細はこちら

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