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2019.08.02

シリーズ・さまざまな研究所を巡る(第8回)~海洋研究開発機構(その1)~

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

シリーズ・さまざまな研究所を巡る(第8回)~海洋研究開発機構(その1)~

 

 

1. はじめに

 

 これまで、宇宙、航空機、鉄道と取り上げたので、今度から海の話題をお送りする。

 海の研究所といえば、国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下、JAMSTECと略す)が非常に手広いテーマを研究しておられるので、神奈川県、横須賀市まで取材にお邪魔した。

 JAMSTECの活動範囲を紹介するため、2019年4月版「海洋研究開発機構 要覧」に掲載された、理事長・平朝彦氏の挨拶から、一部を以下に抜粋して示す。

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 JAMSTECは、これまで、技術中心の時代から、科学と技術を両輪として推進する研究機関へと発展してきました。

 7隻の船舶、大型計算機を運用して科学・技術のフロンティアに挑戦し、海洋・地球・生命の相互作用の理解を基礎に新たな知的体系を構築することを大目標としてきました。

 これから、私たちは、海洋を中心として、地球・生命・人類の統合的理解をさらに進めると同時に、未来予測の精度を向上させ、その成果を日本・世界のために活用することを社会と協働で行ってゆきたいと思っております。

 そのために、科学と技術そして経営をがっちりと組み合わせた研究共同体を作り、20年先を目指した、基礎から応用へ、過去から未来、ミクロからマクロまで、研究の手法や対象を自在に変えながら、国内外の大学や研究機関、産業界ともより密接に連携し、成果の社会発信を強力に行ってゆきます。

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 JAMSTECの研究テーマとしては、海洋生物、熱水噴出などの深海の環境、地球環境、海底の資源、地震・津波や火山の研究などあげれば切りがないが、今月はこれらの研究の基礎になっている海洋の技術開発のうち情報伝達技術について取り上げる。

 取材にあたっては、海洋研究開発機構 研究プラットフォーム運用開発部門 技術開発部 海洋ロボティクス開発実装グループ 主任技術研究員の澤隆雄氏にご協力いただいた。

 

 

2. 合成開口ソナーによる海底マッピング

 

 読者の皆さんは、海底から熱水噴出のビデオをご覧になったことがあるであろう。
もちろん、ビデオカメラを海底へ持ち込み撮影するわけだが、太陽の光が届かない暗黒の海底では照明を用いて撮影する必要があり、照明の届く距離は数メートルである。
したがって、どこに熱水噴出があるのか、広範囲を光で調べることはできない。
そこで威力を発揮するのが、音波を利用した合成開口ソナーである。

 

1.合成開口ソナーの原理

 合成開口ソナーの原理を図1に示す。

 

190802_img01.jpg

図1 合成開口ソナーの原理図(JAMSTEC提供の図に一部筆者が加工した)

 

 すなわち、水中でトランスデューサーから出た音波は、海底の対象物に当たって反射してきた音波を検出するわけであるが、音波は細いビームに絞ることはできないので、ある程度の広がりを持って対象物にあたり、対象物の形状を解像度よく検出することは困難である。

 そこで、音源は移動しながら多数の音波を放射し、その反射音波をコンピュータで解析することにより、きわめて狭い範囲の情報を得ることができる。

 これが合成開口ソナーの原理である。

 音波の発信源は、音響機器のスピーカーにあたる振動板で、圧電素子(PZT)を用いて1000Vという高圧で発信させている。

 周波数は100kHzで、音量は200dBであるから、ジェット機の轟音(120dB)どころではない大音響である。

 受信はマイクロフォンに相当し、発信と同様の圧電素子が用いられ、せいぜい1Vの信号を増幅しなければならない。

 これで100m先の物体を50cmの解像度で検出できる。

 図2はソナーの実物写真で、長さは約1mほどである。

 

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図2 合成開口ソナーの写真(JAMSTEC提供)

 

 実際に用いる場合は、水中を移動する曳航船やロボットにつけて広範囲の海底を探査するのに有効である。

 数kmの広範囲の中にある熱水噴出などを発見することができる。

 

2.鹿児島湾での観測

 鹿児島湾北部に位置する姶良カルデラは、その南にある桜島火山と同じマグマ供給源と考えられる噴気活動が観測されている。

 桜島の活動状況を観測するのと同時に姶良カルデラ内の噴気活動の観測も、この一帯の火山活動の監視のためには非常に重要である。

 また、熱水噴出の観測は新たな資源が得られる可能性があり、地下の物質流動や鉱床形成過程の研究にも大いに役立つと期待されている。

 これまでも潜水艇による調査は行われてきたが、調査は極く限られた範囲でしかできなかった。

 広範囲の海底を調査するには光・電磁波では不可能で、合成開口ソナーの出番である。

 高精度な動揺補正処理機能を実装したビームステアリング合成開口ソナーを、小型軽量の中性浮力曳航体に搭載して観測した。

 ビームステアリングとは、複数の素子をもつアンテナにおいて、送信や受信のタイミングをわずかにずらすことで、音波ビームの方向を変化させる手法である。

 鋭い音響ビームが作り出せる。

 図3に、曳航型合成開口ソナー調査の様子を示す。

 

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図3 曳航型合成開口ソナー調査の概念図(JAMSTEC提供)

 

 図4は、観測された熱水噴出の様子である。

 

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図4 鹿児島湾で熱水噴出に伴うフィラメント状に反射が確認できる(JAMSTEC提供)

 

 表1は、ビームステアリング合成開口ソナーと他の方式の比較で、解像度や探査面積が広くて優れていることが分かる。

 

190802_img08.png

表1 光学カメラ、従来型ソナー、合成開口ソナーの比較(JAMSTEC提供)

 

 温泉国の日本には、近海に熱水噴出箇所が非常に多くあると考えられるので、この合成開口ソナーにより熱水噴出地図が作成できることが期待される。

 

 

3. 水中光無線通信

 

 海底の調査では無人探査機が活躍しているが、探査機の操作を海上の船から行う必要があり、また探査結果はただちに船の本部へ送りたい。

 そのような情報を伝える方法として、音波では通信速度が10kbpsと非常に遅く、動画などのデータ量の多い通信はできない。

 電波では海水の導電性のため水中の減衰が激しく、長い距離を通信することができない。

 そこで、光による無線通信の研究を行った。

 水中の光の減衰が少ない青、緑、赤の高出力レーザーを用い、その光を点滅させることにより情報を伝達する。

 海水中にはマリンスノーなどの懸濁物質がある場合、光の波長ごとに伝搬の減衰が異なるので、波長の異なるレーザ光でデータを取得した。

 透明度の高い水中では青色、透明度が若干低い沿岸や近海では緑色、透明度が低い湾内などでは黄色または赤色を用いるのが良い。

 受信には高感度の光電子増倍管(入射光が何万倍にも増幅される真空管)を用いた。

 その結果、わずかしか光が届かない100m離れた距離でのLAN通信に成功し、20Mbps速度のデータ伝送ができた。

 図5は水中光無線通信装置の写真で、表2は水中光無線通信装置の仕様である。

 

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図5 水中光無線通信装置の写真(JAMSTEC提供)

 

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表2 水中光無線通信装置の仕様(JAMSTEC提供)

 

 なお、この研究には(株)島津製作所及びエス・エー・エス(株)の協力を得た。

 

1.水中光無線通信の実地試験

 昨年7月、駿河湾の水深700〜800m付近において試験を行った。

 図6の「かいこう」のランチャーとビークルの距離を徐々に空けてゆき、120mまで離れた場合で20Mbps速度のデータ転送に成功した。

 

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図6 光無線通信の実験

 

2.水中光無線通信の今後の活用

 今回得られた100m以上も離れた移動体同士の水中光無線通信は、世界初の実用的な通信であり、水中のLAN通信が可能になったことから、水中光Wi−Fiや、有人潜水船からスマートフォンで水中の機器を操作することも可能となった。

 さらに、海洋観測をインターネットへ接続してIoTに使えることになり、海底資源探索やダイビング、港湾土木作業の水中作業など、広く活用できると期待される。

 また、従来は考えられなかった空中のドローンと水中機器が直接通信することもできる。これらの様子を図7に示す。

 

190802_img07.jpg

図7 将来的な水中光無線通信(JAMSTECの提供)

 

 

4. まとめ

 

 今月は、音波による広い範囲の海底探査に有効な合成開口ソナー技術と、レーザ光を利用した水中の高速情報通信技術を紹介した。

 この2つの技術は、今後の海底探査にとって極めて有用な基礎的な技術であり、海洋に関する産業の発展に寄与し、我々の生活も豊かにしてくれるものと思われる。

 来月からは、海底での熱水噴出や環境問題など、具体的なテーマについての研究を紹介する予定である。

 乞うご期待。

 

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

国内唯一の実装技術専門誌!『エレクトロニクス 実装技術』から転載。 最新号、雑誌の詳細はこちら

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